15年前

1995年1月17日5時46分。
5時過ぎに信州からのスキーツアーから帰ってきた僕は、
当時交際中だった妻を自宅のある箕面まで送るために、
車を川西から箕面へと走らせていました。

旧176を走行し、阪急池田駅のあたりで赤信号になり、車を停めました。
カーラジオからはFM局の音楽が流れていました。

車を停めて少し経ったとき、
車が2回、上下に動きました。
流れていたFM放送の音楽がピタリと止みました。

「あれ?エンストしたか?」
と思った次の瞬間、
目の前に見えていた山の頂上が「ピカッ!」と光ったとほぼ同時に、
車が左右に大きく揺れだしました。
目の前に立っている信号機も電柱も、
今にも折れんばかりに左右に揺れています。
何が起こったのか、わからないまま、
とにかく車のハンドルをギュッと握り締め、
ブレーキを踏み続けました。

少し経ってから、今起きている事態は地震なのだ!と分かりました。
長い時間だったのか、短い時間だったのか、
大きな揺れは収まりました。
山が光ったのは地震のせいで変電所か何かがスパークしたのだと思いました。

ラジオからは再びDJの声で
「今大きな揺れがありました。しばらく放送できませんでした、
申し訳ありません・・・」
というようなことをしゃべっています。

昔、教習所で習ったように、
まず車から出て、
車の周りや、周辺の状況を確認しました。
幸い、車自体には支障はなく、
周辺も鉢植えなどが倒れていますが、
それほど大きな被害はないように見えました。

まずは安全なのを確認し、
再び箕面へ向かい、車を走らせ始めました。
注意深く周りの状況を確かめながら走っていると、
池田駅前にあるビルの窓ガラスがほとんど割れています。
信号機もついているところがあれば、消えているところもあります。

ラジオをNHKに切り替えました。
ラジオからは近畿で大きな地震があったことを伝えていますが、
詳しい情報は伝わってきません。
大阪の震度は伝えていますが、神戸の震度は発表されません。

箕面にある妻の職場の寮は無事でした。
寮の中に入るのを見届けると、自宅のある伊丹へ向けて車を進めました。
171号を西へ進んでいくと、軍行橋の手前で大渋滞が起きています。
車が連なって全く進む気配がありません。
トラックが横転してしまい、通行不能となっていたのでした。

軍行橋経由をあきらめて南へ進み、空港トンネルを目指しました。
通行可能だった空港トンネルを通り、産業道路へと向かいました。
1軒の木造家屋が完全に倒壊していました。

ふと「伊丹駅は大丈夫かな?」と一瞬頭をよぎりましたが、
とにかく家に帰るのが大事なので、寄り道などせず、
家へと戻りました。

ようやく夜が明けだしたころ、平松にある家に到着しました。
自宅は無事でした。隣近所の家も見る限り倒壊などはしていないようです。
両親や近所の人たちはみんな外に出てきています。
帰ってきたのを見た両親は「無事に帰ってこれたんやな~」と
一安心の様子。
さらに
「阪急の伊丹駅が崩れてるらしいで」。

両親に「大丈夫やった?」と聞くと、
「家は大丈夫。ビクともしてへんわ」
自宅はこの2~3年ほど前に、
当時珍しかった「ツーバイフォー」方式の家に建て替えていました。

「でもあんたの部屋は入られへんで」
と言われ、2階の自室に入ろうとドアを開けると、
目の前に倒れた本棚がドアの向こうをふさいでいました。
本棚の隙間からのぞいた部屋の中は物が散乱し、
ベッドの上にはテレビが落ちてきていました。

これが15年前の朝の出来事でした。

翌日になって見に行った阪急伊丹駅は本当に倒壊し、
見る影もありませんでした。

後になって山が光ったのは変電所のスパークではなく、
「発光現象」だったと知りました。

もしあの瞬間、赤信号で車を停めていなければ、
もし軍行橋を渡っていたとすれば、
もし倒壊した建物の近くにいたならば、
もし家のベッドで寝ていたならば・・・。
偶然が重なって助かったのかもしれません。

あの朝からしばらくは色んなことが起こりましたが、
いまでもあの朝のことだけは記憶から離れません。

震災から15年。
「もう15年」なのでしょうか。
「まだ15年」なのでしょうか。
街の姿はすっかり元にもどりましたが、
人々の記憶からはまだまだ消え去ることはないのかも知れません。

2010年01月17日 05:46:日記 by管理人おかだ

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この記事へのコメント

伊丹fanさん:2010年01月30日 00:34

 1月17日に読みました。

 「あの日」のことは言葉では表せないですよね。

 でも、これからもこんなふうに飾り気なく伝えていってくださいね。

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